水素の実現性はどこまで進んだのか[後編]…レース活動から繋がるトヨタの水素ビジネス【池田直渡の着眼大局】

市販車開発のためのレース活動

「超電導モーター」が持つ可能性とは?

水素の商機は商用車に…CJPTの取り組み

富士スピードウェイに展示されたFC大型トラック(23年5月)
  • 富士スピードウェイに展示されたFC大型トラック(23年5月)
  • FC大型トラックの高圧水素タンク(23年5月)
  • トヨタによれば燃料電池市場は2030年に5兆円に登るとの見通し。トヨタへのオファーは年10万台としており、うち9万台を商用車が占める
  • トヨタ・日野グループとダイムラートラック・三菱ふそうグループの大型提携が5月30日に発表された
  • 液体水素で走るトヨタ カローラH2コンセプト(スーパー耐久シリーズ第2戦「NAPAC富士SUPER TEC24時間レース」、富士スピードウェイ)
  • モーターの回転子。左が6.3kgで右は1.3kg
  • 超電導用の導線(左)は紙のように薄いが、従来の銅でできた直径5mm角ほどの線(右)と同等の電流が流せるという
  • 液体水素用の燃料ポンプユニット(左)と燃料ポンプに用いられるモーター(右)。トヨタは東京大学、京都大学、早稲田大学と協力し、超電導モーターを用いることでこれらを軽量小型化しようとしている

自動車ジャーナリスト・自動車経済評論家である著者が、企業動向や国の政策などを紐解きながら自動車業界の現状と未来に迫る連載「池田直渡の着眼大局」。

前編では、トヨタのスーパー耐久シリーズにおける水素エンジンカローラの挑戦を振り返ると共に、水素内燃機関の仕組みや進化を解説した。後編では、レース活動のスタンスと今後の可能性、そこから繋がる商用車ビジネスの展望を分析する。

市販車開発のためのレース活動

トヨタにとってレース活動とは、「市販車の開発システム」の開発のためにある。次のレースまでどこをどうする。本戦の日程は動かせない。自分の都合で延期が不可能なそういう厳しい目標設定で開発を進める、つまりレースの鉄火場でのアジャイル開発のノウハウを貯めるためにレースに参戦している。だから、ここで難しいからと言って安易な道に逃げたらレースをやる意味がない。

液体水素で走るトヨタ カローラH2コンセプト

ついでに簡単に説明しておくと、自動車メーカーにとってのレースは、基本広告の一環である。それも効果測定の定かならざる広告である。どちらかと言えば、レースをやりたい人がいて、ある種の方便として広告効果を訴えている。だから本業の利益が減るとあっけなく中止命令が出てしまう。やりたいという情熱は本物だろうが、だったらどうするという戦略がないからそうなるのだ。

おそらくトヨタの人たちも、本音を言えばレースをやりたいからやっているのだが、彼らは「やりたいから」だけでは続けられないことを熟知している。だから「レースをやると儲かる」仕組みを必死に作り上げた。それこそが「レース速度での開発手法」を開発する手段としてレースを活用することだ。

そのために、トヨタは24時間耐久レースに出場するに当たって、労働基準法を守っている。守っているのは労働基準法だけではない。部品の開発も全て市販車と同じ手順で行う。破損した部品を「いいから1mm径を上げとけ」などという勘と経験に依存した改良は許されない。どこでどういう負荷がかかって壊れたかを突き止め、その負荷に耐えるための強度計算をきちんとして、開発過程の全ての記録を残す。それらの書類のフォーマットは市販車と全く変わらない。だからトヨタがレース用に開発した部品は、道公法に抵触しない限りそのまま市販車に採用することができる。「レースだから特別」というやり方をしていては、開発手法の開発にならないからだ。

すべての条件を市販車開発同様に揃え、ピットスタッフはシフトを組み、時に労働組合と話し合いをして、全て法的、社会的、社内的規定を遵守してレースを戦っている。そうすることで、そのノウハウの全てがトヨタの本業にフィードバックされ、それこそがトヨタの開発力に直結するからこそ、トヨタはレースを絶対に止めない。というか止められないのだ。

「超電導モーター」が持つ可能性とは?

さて、そうして、この富士ラウンドで、液体水素をとりあえず使えるようになったが、システム重量をなんとかするのが次の課題である。そこでトヨタは、また驚くべきことを言い出した。超電導モーターである。

モーターの回転子。左が6.3kgで右は1.3kg

超電導とは何か? 多少乱暴を承知で言えば、ある種の金属は、極低温に冷やした時、電気抵抗がゼロになる。素材によってその温度は違うが、マイナス253度という液体水素の温度なら使える素材はいくつもある。

このシステムなら液体水素はタンク内にあるので、これを使って冷やしてやれば超電導状態を作り出せる。超電導状態では、常温では絶対不可能な細い線に大電流を流すことができる。ブースに展示されていた超電導用の導線は、紙のように薄い。にもかかわらず、従来の銅でできた直径5mm角ほどの線と同等の電流が流せるそうだ。

超電導用の導線(左)は紙のように薄いが、従来の銅でできた直径5mm角ほどの線(右)と同等の電流が流せるという

「超電導モーター」で検索してみると、その夢のような性能に驚くことになる。現在は全ての事例はラボレベルなので、出力10倍とか体積10分の1とかまさに夢の様な数字が散見される。例えば2022年6月23日に東芝から発表された超電導モーターは、航空機への利用が視野に入った2MWの大出力で、従来の同レベルのモーターに対して10分の1に軽量化・小型化されているという。つまり、超電導大出力モーターを作れば、あの巨大でゴツい液体水素用の燃料ポンプは圧倒的に軽く小さくなる見込みである。

液体水素用の燃料ポンプユニット(左)と燃料ポンプに用いられるモーター(右)。トヨタは東京大学、京都大学、早稲田大学と協力し、超電導モーターを用いることでこれらを軽量小型化しようとしている

トヨタの説明によれば、この超電動モーター燃料ポンプの投入は「年内は難しそう」とのこと。一刻も早く現物を見たいが、まだしばらく我慢というところ。来年の開幕戦には出てくる可能性が高い。

水素の商機は商用車に…CJPTの取り組み

さて、ではトヨタはこんな技術を開発して、どうしようとしているのだろうか? そこには開発手法だけでなく、実はトヨタのビジネスに直結する未来技術がある。


《池田直渡》

池田直渡

自動車ジャーナリスト / 自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。近年では、自動車メーカー各社の決算分析記事や、カーボンニュートラル対応、電動化戦略など、企業戦略軸と商品軸を重ねて分析する記事が多い。YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスタ ー』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。

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