【和田智のカーデザインは楽しい】第9回…ホンダ『ヴェゼル』には思わず振り返らせる品の良さがある

和田智氏の手書きによるホンダ・ヴェゼルのスケッチ
  • 和田智氏の手書きによるホンダ・ヴェゼルのスケッチ
  • ホンダ ヴェゼル
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『和田智のカーデザインは楽しい』第9回は、ホンダ『ヴェゼル』を取り上げる。若いころに和田が憧れたというホンダ車。思わず振り返ってしまう印象がこのヴェゼルにもあるという。

◆憧れだったホンダ

----:今回はホンダヴェゼルについてです。意外なチョイスにも思えますが。

和田智(敬称略、以下和田):個人的な思い出も絡んでくるのですが、若い頃の僕にとってホンダ車は憧れだったんです。大学時代に乗っていたクルマは、中古の初代『シビック』でした。その後、たまたまホンダのショールームの前を通りかかった時に、このクルマは何だ!? という衝撃があったんです。ちょうどリア・スリークオーターからの眺めだったのですが、そのクルマこそワンダーシビックだったんです。なんて美しい、素晴らしいんだと思いました。また、ボレロが流れる『プレリュード』のCMなど、まさにホンダ全盛期の頃でこの2台は特に好きでしたね。

のちに日産に入社して、1980年代後半にロンドンの美術大学(RCA)に留学するんですけど、そこでデザイナーや建築家など本当にいろんな人に出会いました。その多くの人たちが口をそろえて言うのは、“Japan is another planet”。日本から生み出されるものは、別の惑星の出来事ぐらいのイメージで、その代名詞がホンダとソニーだったんです。あの時代の日本のポテンシャルを明確に上げたのは紛れもなく、ホンダやソニーだと思います。世界の多くの人の憧れになっていたんです。

これは、クルマやモノが売れるとか売れないという次元の問題ではなくて、お金では買えない強烈な価値なんです。デザイナーやエンジニアをはじめとした、当時のいろいろな方々が戦後の日本から這い上がって、その実力を立証したのが1980年代であったということ。

言い換えれば、美しい、素晴らしいプロダクトをつくるということは、人生を変える、生きるためのエネルギーになるのだと思います。この感覚をもう一度取り戻さなければいけない。単に表面的な格好良いクルマをつくればいいということではないんです。

◆原点回帰の意味を再び

----:2017年にホンダは『スポーツEVコンセプト』や『アーバンEVコンセプト』といった、過去をイメージさせるようなショーモデルを出しました。

和田:これらはデザインの中に、「原点回帰」という考え方があると思います。その原点とはホンダの偉大な先輩の方々のエモーションで、それをもう一度謙虚になぞらえるということです。

戦後、日本には絶対に何かすごいものをつくってやろうというパワーがあったと思います。そこにはある種の“願望や欲望”が働いてたかもしれません。でもその欲望も大切な時代だったんです。何もなかった時代と比べると、いまはあり余るほどのモノがあって、何をつくっていいのか分からないような時代。そこから生まれるモノに本質はあるのか。人間のモチベーションやポテンシャルも違います。

素直にもう一度原点に帰ることによって、その時代の人間がどういう状態で、どういうことを良しとしていたかを継承して学んでいく。その学びを生かして創造していく。アーバンEVコンセプトは水平感の強い初代シビックのスケッチを完璧になぞらえているでしょう。こういう行為にすごく意味があるということなんです。いきなり新人や若いデザイナーがタイヤを大きく描いて、「これでもかー!」とかっこいいスケッチを描き、これが俺のデザインだということではなく、もっと社会や暮らし、そして人のことを学び、考えようと。それが大切なんです。

アーバンEVコンセプトは、考え方も含めデザイン的にはものすごく影響力があったと思います。だからこそヨーロッパでデザインの賞を総なめにしました。ただ、デザイン的な評価と市場での評価はいろいろな要因からギャップがあるものです。売れるクルマが良いデザインとされる日本。一般的にシンプルなクルマはあまり売れず、評価もされません。しかし、そんな中、ホンダでとてもシンプルなヴェゼルが開発されたことは意味のあることと考えます。

なぜかふと振り返ってしまう。かつて僕がワンダーシビックを振り返ったように、何かがあるんです。ヴェゼルをパッと見た時に、「あれ、いまのクルマ何?」って思いましたし、ちょっと驚いたわけです。周りに走っているクルマとは趣が違うんです。そして何よりも、そのときの他のホンダ車と一線を画していた。ホンダは、変わり始めたかもと感じたのです。

◆水平思考

----:なぜヴェゼルが和田さんを振り向かせたのでしょうか。

和田:このクルマで感じることは、近年の日本車にはほとんどなくなった、ある品格、知性とエレガンスです。この概念は、かつてホンダが持っていたものです。もちろんかたちやプロポーションの表現は、時代と共に変化していくものですが、しかし共通する感覚がある。それは先程お話ししたデザインを構成する思想という考え方なんです。

それは、前回お話した「スタイリング思考」と「水平×垂直思考」に関係があります。ウエッジをきつくしオーバースタイリングになってくると、どんどんと邪気が際立ってきます。一方で水平×垂直思考が強まると落ち着き、知性やエレガンスが現れてくる。

このヴェゼルの最大の特徴はスタイリング思考でありながら、キャビンやボディの形状が水平思考でデザインされていることです。それは近年のホンダ車には見られなかったことです。特にルーフラインやキャビンの形状には、それがより感じられます。実は水平基調で格好良いクルマをつくるには、優れたバランス感覚が必要で難しいんです。

----:和田さんのスケッチでヴェゼルにラインを入れてもらいましたが、そうするとますます水平基調が明確になります。

和田:ボディショルダーの構成もものすごくグランドライン(地上)に対して水平感が強く、そのため非常に安定的で、バランスがとてもいい。このヴェゼルは、先代と比較すると全く違う思想でつくられていることがよくわかります。お団子形状から水平×垂直思考の形状にドラスティックに変化したのです。紛れもなくデザイン思考の変化です。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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