【和田智のカーデザインは楽しい】第4回…“プリウス・クライテリア” 新型プリウスは「謙虚さ」でできている

和田智氏の手書きによる新型プリウスのスケッチ。
  • 和田智氏の手書きによる新型プリウスのスケッチ。
  • 和田智氏の手書きによる新型プリウスのスケッチ。デザインのポイントがよくわかる。
  • 歴代プリウスのサイドシルエットと、トライアングルコンセプトの変遷
  • カーデザイナー和田智
  • トヨタ プリウスのサイドシルエット
  • トヨタ プリウス

連載4回目となる『和田智のカーデザインは楽しい』。前回に引き続きカーデザイナー和田智が、いま一番高く評価する日本車の1台、新型トヨタ『プリウス』のデザインにフォーカスする。和田氏の直筆による歴代プリウスのスケッチをまじえながら、その理由、ディテールを紐解いていく。

◆歴代プリウスのデザインを振り返ると

----:前回『新型プリウスは、トヨタ史上最高のデザインかもしれない』では、新型プリウスのデザインを実現したのは、類稀な開発チームがあってこそとお話し頂きました。今回はより詳しく、和田さんが新型プリウスのデザインを高く評価する理由をお聞きしていきたいと思います。

和田智(敬称略、以下和田):まずは歴代モデルのお話からしましょう。初代は、エポックスさも踏まえながらキャビンの大きさ、快適性、燃費の良さというバランスが感じられます。サイズをこれ以上大きくすると燃費が悪くなりますし、ハイブリッドの初期型ですから、大きなパワーを出せるものでもありません。少しコンサバともいえるような3BOXで登場しました。

2代目は、おにぎり型だとか、富士山型に例えられていたコンセプトがあり極めてシンプルなのがポイントです。このプリウスはハイブリッドイメージを確立し、またグッドデザインでした。だからこそ、アメリカでもブレークしました。

そして3代目です。これまでと比較しAピラーも寝て、スポーティさというよりも空間を基調にしつつ流麗さを重んじているところが見えています。ウエッジが強いのですが、デザイン的にはすっきりまとまっている。そして、「目」が少しずつ“何かしなさい”みたいな形の方向に振れてきているように見受けられますね。そういったことも含めて5代目の原型的な役割をなしているように思えます。

さて4代目。3代目のパッケージングを引き継いだ形ですが、「何かやらなければいけない」という姿勢がグラフィックや構成を複雑にしました。それでも、いくつかのデザイン要素は5代目に引き継がれています。

◆5代目は「謙虚なデザイン」である理由

----:そうすると、5代目の新型プリウスは、これまでの歴代モデルの流れをきちんと汲み取ってデザインされているということですか。

和田:デザイナーは人がやったことをあまりやりたくないんですよ。だから前のモデルに対して否定的になりがちになるし、少し傲慢なデザイナーだと「俺が変える」と言い出したりします。しかし、今回のデザインは、傲慢性ではなく、色々なことをやってはいるんですが、非常に冷静にスマートにまとまっています。むしろ謙虚に感じるくらい。そうは言わない人もいるかもしれませんが、それはルックスがスポーティだからでしょう。

5代目はこれまでと比較しても、ホイールベースは少し伸びただけであまり変わってないんですよ。大きく変わったのは、全高です。背の高さ=ヒップポイントとアイポイントに関わる基本的なパッケージングコントロール類ですね。本来、Aピラーが寝れば寝るほど視界は悪くなりますが、そこをエンジニアリングがよく理解し承諾したなというのが前回もお話した僕のポイントなんです。それまでの基準からはずれることをやってくれたエンジニアがすごい。

----:詳しく教えてください。

和田:40mmほど全高を下げて、それに伴ってヒップポイントが20mm下がったとお話しましたね。デザインの領域でクルマをもうちょっと格好良くしようとすると、一般的には全高を下げられるのは20mmが最大値なんです。それ以上になると、設計的なコンテンツが変わってきてしまうので、見直しをしなければいけないところがものすごく多くなってしまうんです。ですから基本的なスタンスを変えたくない場合には、最大でも20mmぐらいまでなら全高OKとなる。

でも今回は40mmでしょ。いまお話した最大値よりもさらにマイナス20mmしているわけですから、ヒップポイントを下げる必要が出たわけです。さらにヒップポイントを少し後方にしていると思います。ヒップポイントを下げるということは、視点がそのまま下がるわけですから、カウル類も下がってくるはずなんです。

----:すごく細かい部分までご覧になっていますね。

和田:実は生まれて初めてトヨタのディーラーに行って試乗しましたから(笑)。そのポイントはすごく明快で、Aピラーの立ち位置の視界と、カウルの高さなんですよ。トヨタはどちらかというと、カウルが高いんです。そのあたりを含めて今回のプロポーションだとどうなるのかを確認しに行きました。そうしたら思った以上に視界は問題なかった。これならOKだなと思いましたよ、プロ的な見地にしてもね。

◆丸すぎても、硬すぎてもいけない

----:全体的なプロポーションはいかがですか。

和田:デザイナーは比較的ワンモーションのシルエットを描くのが好きなんです。このプリウスの基本的な構成はシャープなのですが、ソフトさがうまく呼応しています。例えばカチカチのクルマをデザインするとシャープでちょっときついイメージになります。一方でポルシェやいまのメルセデスのような非常にソフトネスなデザインになると、親近感、または人間的な要素が深まっていくわけです。

実はデザインは常に人間的に振りたい方向と、人間的から離れたい方向の2つのバランスの中でつくられています。あまり丸すぎてもいけないし、硬すぎてもいけないというのが、いまの時代の造形としてのポテンシャルの在り方なんです。そのバランスが極めてプリウスはうまくいっています。

絵的には全部ワンモーションで描かれていますが、その中には様々な要素が入っています。例えばリアのヘッドクリアンスの関係や、ウィンドウの成型性だとかです。このクルマはボンネットからAピラーにかけて僅かにネガな印象(サイドから見てAピラーとフロントフェンダーのつなぎ目あたりに僅かに下向きのラインを感じる)があるんです。本来の絵は真っ直ぐ、もしくは少しポジ(上向きのライン)だったのかもしれません。でもこの絶妙なニュアンスが逆にいいなと個人的には思っています。

本来であればフロントフェンダーとAピラーはワンカーブにしたいという気持ちがあるわけですよね、ワンモーションですから。でも、実際にはいろんな条件でできない。だから微妙に(Aピラー付け根とフロントフェンダーのところで)下側に折れている。その結果としてちょっと面白い造形になったなと思います。

----:なぜそのような造形になったと思われますか。

和田:実は日本のデザイナーは右利きが多いんです。そうすると左から右に向かって描くんです。ですが、ヨーロッパのデザイナーって左利きが多いんですよ。そうすると右から左に線を描いたりする。ここでタッチのニュアンスが違ってくるんです。たとえば1960年代のピニンファリーナがデザインしたクルマ、特に先端にはその左利きのニュアンスが感じられるんです。クルマだけでなく、このニュアンスが感じられるラインとしてステルス戦闘機もあります。とても綺麗なんですよ。それがこのプリウスでちょっと感じるんです。少しシャープで、でもちょっとエキゾチックなセクシーな印象。そういうものがこのクルマの中にはインプットされているんです。

◆トヨタ車にはないセクシーさがプリウスにはある

----:右利き、左利きの観点は目からウロコでした。確かに線が全く違います。そして、セクシーさはやはり大切なんですね。

和田:このクルマがスマートでクールだと感じるのは、セクシーさがあるからです。これ、他のトヨタ車にはないんですよ。ではこれでみんな統一できるかというと、多分できないと思いますね。もうセンスの問題なんです。だからこそいまこの内容を僕が話すことによって、造形への関心と深みを若いデザイナーやクルマ好きの皆さんに知ってほしいですし、ジャーリストの皆さんにもきちんと理解してほしい。そういう視点でもこのクルマは実にいい教科書でもあるんです。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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